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海人(あま)

【分類】五番目物 (切能)

【作者】不詳

【主人公】前シテ:海人、後シテ:龍女

【あらすじ】(玉ノ段の部分は上線部です。舞囃子の部分は下線部です。仕舞の部分は斜体の部分です。)

房前大臣(藤原房前)は讃岐国(香川県)の志度の浦で亡くなったという母の追善のため、従者と供人を伴って、はるばる志度の浦までやって来ます。すると、一人の海人が現れます。従者が、海人に水底に映る月を見たいので、梅松布[みるめ]を刈るように命ずると、海人は昔も、宝の珠を海底から取り上げるためにもぐったことがあると言います。それを聞いた従者は、その話をくわしく語らせます。

『昔、唐土から興福寺に三種の宝が贈られたが、そのうち面向不背の珠だけが、この浦の沖で龍宮に取られてしまった。藤原淡海公(藤原不比等)はそのことを深く惜しまれ、身をやつしてこの浦に下り、海人乙女と契りを交わし、その玉を取り返してくれるように頼みます。海人は淡海公の子をもうけました。その子が今の房前大臣。』

これを聞いた房前大臣は、それは自分のことだと名乗り、海人はさらに話を続けます。

『海人は、我が子を淡海公の後継ぎにする約束と交換に、千尋の綱を腰に結わえ、海に潜ります。そして、見事に珠を取り返すのですが、龍神の激しい抵抗に、自分の乳の下を掻き切って、そこに珠を隠します。流れ出る血潮に龍神がたじろぐうちに、息も絶え絶えになりながら海人は帰ってきたものの、息を引き取ります。』

語り終えると、自分こそ、その海人の亡霊であると明かし、海中に姿を消します。

≪中入≫

房前大臣は、浦の者からも珠取りの次第を聞き、亡き母の残した手紙を読み、十三回忌の追善供養を営みます。読経のうちに、亡霊は龍女の姿で現れ、法華経の功徳で成仏できたと喜び、舞を力強く、美しく舞います。

【詞章】

〔玉ノ段〕

その時人人力を添え。引きあげ給えと約束し。一つの利剣を.抜きもって。
かの海底にとび入れば。空はひとつに雲の波。煙の波をしのぎつつ。
海漫々とわけ入りて。直下とみれども底もなく。ほとりも知らぬ海底に。
そも神変はいさ知らず。とり得ん事は不定なり。かくて龍宮にいたりて。
宮中をみればその高さ。三十丈の玉塔に。かの玉をこめおき.香華を供え守護神に。
八龍なみいたり.その外悪魚鰐の口。のがれがたしやわが命。
さすが恩愛の.ふる里の方ぞ恋しき。あの波のあなたにぞ。
我が子はあるらん.父大臣もおわすらん。さるにてもこのままに。
別れはてなん悲しさよと。涙ぐみて立ちしが。又思い切りて.手を合わせ。
なむや志渡寺の観音薩埵の.力を合わせてたび給えとて。
大悲の利剣を額にあて.龍宮の中にとび入れば。
左右へばっとぞのいたりける.そのひまに宝珠を盗みとって。逃げんとすれば。
守護神追かく.かねてたくみし事なれば。持ちたる剣をとり直し。
乳の下をかききり玉をおしこめ.剣を捨ててぞふしたりける.龍宮のならいに死人をいめば。
辺りに近づく悪龍なし.約束の縄を動かせば。人々喜び引きあげたりけり。
玉は知らずあまびとは海上にうかみ.いでたり。

〔キリ〕(舞囃子の部分の抜粋です。仕舞の部分は下線部です。)  

あら有難の御弔やな。この御経に引かれて。五逆の達多は天王記別を蒙り。
八才の龍女は南方。無垢世界に生をうく。なおなお轉読.し給うべし。
深達罪福相。遍照於十方。微妙浄法身具相。三十二。以。八十種好。
用莊厳法身。天人所戴仰。龍神咸恭敬.あら有難の御経やな。

<早舞>

今この経の徳用にて。今この経の徳用にて。天龍八部。人與非人。
皆遥見皮。龍女成佛。さてこそ讃州志渡寺と号し。
毎年八講。朝暮の勤行。佛法繁昌の霊地となるも。この孝養と.うけたまわる。

 

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