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小鍛冶(こかじ)

分類】五番目物 (切能)

【作者】不詳

【登場人物】 

登 場 人 物 装  束

前シテ

童子

童子

襟(浅葱)、黒頭、箔、水衣、腰帯、扇子

後シテ

稲荷明神

小飛出

襟(紺)、赤頭(色鉢巻、狐 狐台)、厚板、法被、半切、腰帯、鎚

前ワキ

三條小鍛冶宗近 

折烏帽子、厚板、掛直垂、大口、腰帯、小さ刀、扇子

後ワキ

三條小鍛冶宗近 

風折烏帽子、厚板、長絹、大口、腰帯、扇子

ワキツレ

橘道成(勅使)

洞烏帽子、厚板、狩衣、大口、腰帯、扇子

【あらすじ】(舞囃子の部分は斜体の部分です。仕舞の部分は下線部です。)

一条天皇がある夜に不思議な夢を見られたので、橘道成を勅使として、当時名工として知られた三条の小鍛冶宗近に御剣を打つことを命ぜられます。宗近は宣旨を承りはしたものの、優れた相槌の者がいないので途方にくれ、この上は奇特を頼むほかはないと、氏神である稲荷明神へ祈願のために出かけます。すると童子が現れ、不思議にも既に勅命を知っており、君の恵みによって御剣は必ず成功すると安心させます。そして、和漢の銘剣の威徳や故事を述べ、特に日本武尊の草薙剣の物語を詳しく語って聞かせ、神通力によって、力を貸し与えようといって、稲荷山に消えていきます。

 <中入>

宗近は、しめ縄を張った壇をしつらえ、仕度を調えて、祝詞を唱えて待ち構えます。すると、稲荷明神の使わした狐が現れ、相槌となって御剣を打ち上げ、表に小鍛冶宗近、裏に小狐と銘を入れ、勅旨に捧げると、再び稲荷山に帰っていきます。

【詞章】(舞囃子の部分は斜体の部分です。仕舞の部分は下線部です。)

ワキツレ「これは一條の院に仕え奉る橘の道成の卿とはわがことなり。さても帝今夜奇特のご霊夢の御告ましまして。三條の小鍛冶宗近に御剣を打たせらるべきとの。宣旨只今なりくだつて候ほどに。この由宗近に申しつけばやと存じ候。いかにこの内に宗近の渡り候か。

ワキ「宗近と承り候は誰にて渡り候ぞ。

ワキツレ「これは宣旨にて候。わが君今夜不思議のご霊夢ましまして。御剱を打たせらるべきとのおん事なり。とうとう仕り候え。

ワキ「宣旨畏つて承り候さりながら。折節相鎚を仕るべき者のなく候は何と仕り候べき。

ワキツレ「ふしぎの事を申す者かな。その名を得たる汝なるが。相鎚打つべき者のなきとは心得がたき言いごとかな。

ワキ「これは仰せにて候えども。かようの一大事の物を仕るには。我に劣らぬほどの者の相鎚仕りてこそ。み剱も打ち申すべけれ。とにかくに御返事を申しかね。赤面したるばかりなり。

ワキツレ「申すところはさる事なれども。帝奇特のご霊夢ましませば。いかなる事か候べき。たのもしく思い申しつつ。はやはや領掌申すべしと。重ねて宣旨ありければ。

ワキ「この上はとにもかくにも.宗近が。

地謡「とにもかくにも宗近が。進退ここにきわまりて。み剱の刃の。乱るる心なりけり。さりながらご政道。すくなる今のみ代なれば。もしも奇特のありやせん.それのみ頼む.心かな.それのみたのむ.心かな。

ワキ「これは一大事の事を仰せいだされて候。かようの事には神力を頼むならでは別儀なく候。某が氏の神は稲荷の明神にて候ほどに。これよりすぐに稲荷に参り。この事を祈誓申さばやと存じ候。

シテ「のうのうあれなるは三條の小鍛冶宗近にて渡り候か。

ワキ「ふしぎやななべてならざる御事なるが。道もなき方より来たり給い。わが名をさして宣うは。いかなる人にてましますぞ。

シテ「雲の上なる君よりも。剱を打ちて参らせよと。汝に仰せありしよのう。

ワキ「さればこそそれにつけてもなおなお奇特の御事なれ。剱の勅も只今なるを。早くもしろし召さるる事。返すがえすも不審なり。

シテ「げにげにそれはさる事なれども。我のみ知ればもろ人までも。

ワキ「天に声あり。

シテ「地にひびく。

地謡「壁に耳岩の物いう.世の中に。岩の物いう世の中に。かくれはあらじ殊になお。雲の上人のみ剱の。光は何かくらからん。ただ頼めこの君の。惠みによらばみ剱も.などか心に.叶わざる.などかはかなわざるべき。それ漢王三尺のげいのつるぎ。居ながら晋の乱れをしずめ。また煬帝がげいの剱。しうじつの.光を奪えり。

シテ「その後玄宗皇帝の鍾馗大臣も。

地謡「剱の徳に魂魄は。君辺に仕え奉り。

シテ「魍魎鬼神に至るまで剱の刃の光におそれて.そのあたをなす事をえず。

シテ「漢家本朝において.剱の威徳。

地謡「申すに及ばぬ。奇特とかや。またわが朝のその初め。人皇十二代。景行天皇。詔の御名をば。日本武と申ししが。東夷を。退治の勅をうけ。関の東も遙かなる。あずまの旅の道すがら。伊勢や尾張の.海づらに立つ波までも。帰る事よとうらやみ。いつか我らも帰る波の。衣手にあらましと。思いつづけてゆくほどに。

シテ「ここやかしこの戦に。

地謡「人馬うんくつに身くだき。血は涿鹿の河となつて。紅波楯ながし.数度に及べる夷も。かぶとをぬいで鉾をふせ。皆降参を申しけり。尊の御宇より.み狩場をすすめ.給えり。頃は神無月。廿日あまりの事なれば。四方の紅葉も冬枯れの.遠山にみゆる初雪を。眺めさせ給いしに。

シテ「夷四方をかこみつつ。

地謡「枯野の草に火をかけ。餘炎しきりに燃え来り。敵攻鼓をうちかけて。火煙をはなちてかかりければ。

シテ「尊剱をぬいて。

地謡「尊剱をぬいて。あたりを拂い忽ちに。焔もたち退けと。四方の草を薙ぎ払えば。剱の精霊嵐となつて。炎も草も吹き返されて。天にかかやき地にみちみちて。猛火は却つて敵をやけば。数万騎の夷どもは.忽ちここにてうせてげり。その後四海治まりて.人家戸ざしを忘れしも。その草薙の故とかや。ただ今汝が打つべき。その瑞相のみ剱も。いかでそれには劣るべき。つとおる家の宗近よ。心安くも。思いて下向.したまえ。

ワキ「漢家本朝において剱の威徳。時にとつての祝言申すはかりなく候。さてさて御身はいかなる人ぞ。

シテ「よし誰とてもョむべし。まずまず勅のみ剱を。打つべき壇を飾りつつ。その時我を.まち給わば。

地謡「通力の身を変じ。通力の身を変じて。必ずその時節に。参りあいて御力を。つけ申すべし待ち給えと。いう雲の稲荷山。ゆくえも知らずうせにけり.ゆくえも知らずうせにけり。

<中入>

ワキ「宗近勅にしたがつて。即ち壇にあがり。不浄をへだつる七重の注連。四方に本尊を掛け奉り。幣帛を捧げ。仰ぎ願わくは人皇六十六代。一條の院の御宇に。その職の誉れを蒙る事。これ私の力にあらず。伊弉諾伊弉冉の尊。あまのうき橋をふみ渡り。豊芦原をさぐり給いしみ鉾より始まれり。その後南瞻僧伽陀国。ばつし弥陀尊者よりこの方。天国ふじとの子孫に傳えて.今に至れり。願わくは。

地謡「願わくは。宗近私の高名にあらず。普天率土の勅命によれり。さあらば十方恒沙の諸神。只今の宗近に力を合わせてたび給えとて。幣帛を捧げつつ。天に仰ぎ頭を地につけ。骨髄の丹誠ききいれ納受。せしめ給えや。

ワキ「謹上。

地謡「再拝。

<早笛>

地謡「いかにや宗近勅の剱。いかにや宗近勅の剱。打つべき時節は虚空に知れり。ョめやョめや。ただョめ。

<舞働>

シテ「東南壇の上にあがり。

地謡「東南壇の上にあがつて。宗近に三拝の膝を屈し。さてみ剱のかねはと問えば。宗近も恐悦の心をさきとして.かねとり出だし。教えの鎚を。はつたと打てば。

シテ「ちょうど打つ。

地謡「ちょうちょうど。打ち重ねたる.鎚のひびき。天地に聞こえて。おびたたしや。

ワキ「かくてみ剱を打ち奉り。表に小鍛冶宗近と打つ。

シテ「神体時の弟子なれば。小狐と裏に.あざやかに。

地謡「打ちたて申すみ剱の。刃は雲を乱したれば。天のむら雲ともこれなれや。

シテ「天下第一の。

地謡「天下第一の。二つの銘のみ剱にて。四海を治め給えば五穀成就もこの時なれや。則ち汝が氏の神。稲荷の神体小狐丸を。勅使に捧げ申し。これまでなりと言いすててまた。むら雲に飛びのり。またむら雲にとび乗りて東山。稲荷の峰にぞ.帰りける。

 

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