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三井寺(みいでら)

【分類】四番目物 (狂女物)

【作者】世阿弥

【登場人物】 

登 場 人 物 装  束

シテ(前)

千満の母 曲見 鬘、鬘帯、箔、唐織、数珠

シテ(後)

千満の母(狂女) 曲見

水衣、縫箔腰巻、腰帯、黒骨扇、笹ノ枝

子方

千満 箔、長袴、白骨扇
ワキ 園城寺住僧 角帽子、水衣、大口、腰帯、数珠、僧扇
ワキツレ 従僧二人 熨斗目、ヨリ水衣、大口、腰帯、数珠、僧扇

【あらすじ】 (鐘ノ段は下線部の部分です。道行は斜体の部分です。第34回名古屋春栄会の連吟の部分は上線部です。)

駿河国(静岡県)清見が関に住んでいる女には千満という子が一人あったが、かどわかされて行方知れずなってしまったので、都に上り清水に参篭したところ、ある夜夢のお告げがあります。清水の門前の者が迎えに来て、その霊夢を占い、わが子に会おうとするならば三井寺へ行くよう勧めます。

<中入>

今夜は八月十五夜の名月なので、三井寺では住僧たちは講堂の前庭に出て月見を行っています。その中に、住職を頼ってきた幼い子も混じっています。寺の能力は、住僧に命じられて、幼い子の慰みのために小舞を舞います。そこへ女物狂が来るというのを聞いて、能力は呼び入れようと従僧に相談しますが、必要ないと言われます。能力はあきらめず独断で女物狂を招き入れることにします。千満の母は物狂の姿となり、わが子の行方を尋ねて、都から三井寺にやって来ます。そして住僧たちが月見をしている場所に入り込んで来て、一緒に湖上の月を眺めます。能力が鐘を撞く鐘楼に上り、鐘を撞きます。幼い子が、女の郷里を尋ねるように頼むので、住僧が女に聞くと、清見が関の者と答えます。母と子は互いにそれとわかり、鐘が縁になって親子が再会できたことを喜びあいます。そして連れ立って故郷へと帰って行きます。

【詞章】(鐘ノ段は下線部の部分です。道行は斜体の部分です。第34回名古屋春栄会の連吟の部分は上線部です。)  

シテ「南無や大慈大悲の観世音さしも草。さしもかしこき誓いのすえ。一称一念なお頼みあり。ましてやとし月日を送り。夜を重ねつる頼みのすえ。などかはむなしかるべきと。思う心をあわれとも。哀れみたまえ思い子の。行く末なにと.なりぬらん.行く末なにと.なりぬらん。枯れたる木にだにも。枯れたる木にだにも.花咲くべくは.おのずから。いまだ若木のみどり子に.ふた度などか会わざらん。あらふしぎや。少し睡眠の内にあらたに霊夢をこうむりて候。あら有難や候。さらばやがて下向申そう。
狂言「か様に候者は。清水門前に住居する者にて候。この程当寺へ参篭の女性上臈にお宿を参らせて候が。ようよう御下向の時分にて候間。御迎に参らばやと存ずる。まづこれへお腰をめされ候え。いかに申し候。御参篭の内に何にても御霊夢はなく候か。それがしは門前にて夢を合する者にて候間。御霊夢の候はば合せて参らしょうずるにて候。
シテ「今夜あらたにみ声をいだし。汝思う子を尋ねば。近江の国三井寺へ参れと。あらたに霊夢を蒙りて候。
狂言「これは目出たき御霊夢にて候。まづ尋ぬる人に近江の国。わが子を三井寺。ヤアか程目出たき御霊夢はあるまじく候あいだ。いそぎ三井寺へ御参りあれかしと存じ候。
シテ「あら有難のおん事や。教えの告にまかせつつ。三井寺へ参りさむらわん。
<中入>
ワキ、ワキツレ「秋もなかばの暮待ちて。秋もなかばの暮待ちて。月に心や.澄ますらん。
ワキ「これは近江の国園城寺の住侶にて候。さてもこれにわたり候おん方は。行くえも知らぬ人にておん入り候が。愚僧を頼むよし仰せ候ほどに。師弟の契約をなし申して候えば。利根第一の人にてわたり候。また今夜は八月十五夜名月の夜なれば。若き人人をともない。講堂の庭に出で月を眺めばやと思い候。
ワキ、ワキツレ「たぐいなき名を望月の.今宵とて。
ワキツレ「名を望月の今宵とて。
ワキ、ワキツレ「夕べを急ぐ人心知るも知らぬも.もろともに。雲をいとうやかねてより.月の名たのむ日影かな.月の名たのむ.日影かな。

後シテ「雪ならばいく度袖を払わまし。花の吹雪と詠じけん志賀の山越えうち過ぎて。眺めの末は湖の.鳰てる比叡の山高み。上見ぬ鷲のお山とやらんを。今目の前に拝む事よ。あら有難の.景色やな。かように心あり顔なれども。われは物に狂うよな。いやわれながら理あり。あの鳥類や畜類だにも。親子の別れは知るものを。まして人の親として。いとおし悲しと育てつる。子の行くえをも。白糸の。
地謡「乱れ心や。狂うらん。
<カケリ>
(道行)

シテ「都の秋を捨てて行かば。
地謡「月見ぬ里に。住みや習えると。さこそ人も笑わめ。
シテ「よし花も紅葉も。
地謡「月も雪も古里に。わが子のあるならば.田舎も住みよからまし。いざ古里に帰らん。いざ古里に帰らん。帰ればさざ波や.志賀唐崎のひとつ松。みどり子のたぐいならば.松風にこと問わん。松風も今はいとわじ桜咲く。春ならば花園の。里をも早く杉間吹く。風すさまじき秋の水の。三井寺に着きにけり.三井寺に早く着きにけり。
ワキ「桂は実のる三五の暮。名高き月にあこがれて。庭の木陰に休らえば。 
シテ「おりしも今宵は三五夜中の新月の色。二千里の外の古人の心。水の面に.照る月波を.数うれば。秋も最中夜もなかば。所からさえ.面白や。   
地謡「月は山風ぞ時雨に.鳰の海。風ぞ時雨鳰の海。波も粟津の森見えて。海越しの.かすかに向う影なれど月は真澄の鏡山。山田矢走の渡し舟の。夜は通う人なくとも。月の誘わばおのずから。舟もこがれて出ずらん.舟人もこがれて出ずらん。
狂言「さてもさても。宵の大御酒にたべ酔い、すでに後夜を忘れうと致いた。いそいで鐘をつこう。イヤまことにつき鐘あまたある中にも。精東大寺、姿平等院、声園城寺と申して。天下に三つの鐘にて候。さらばつこう。ヱイヱイヱイヱイヤットナ。ジャンーモーンモーンモーンモーン。ヱイヱイヱイヱイヤットナ。ジャンーモーンモーンモーンモーン。ヱイヱイヱイヱイヤットナ。ジャンーモーンモーンモーンモーン。はア、蜂がさいた。
シテ「わらわが鐘をつこうずるぞ。 
狂言「これは人のつかぬ鐘にて候。
シテ「人のつかぬ鐘ならばなどおことはつくぞ。 
狂言「それがしがつくこそ道理なれ。この寺の鐘つく法師にてあるぞとよ。
シテ「あら面白の鐘の音やな。わが古里にては常は清見寺の鐘をこそ聞き馴れしが。これはさざ波や三井の古寺鐘はあれど。昔にかえる声は聞こえず。まことやこの鐘は秀郷とやらんの竜宮より。取りて帰りし鐘なれば。竜女が成仏の縁にまかせて。わらわも鐘を.つくべきなり。
地謡「影はさながら霜夜にて。月にや鐘は。さえぬらん。
狂言「狂女が鐘つこうずる由申し候。
ワキ「汝が鐘つこうずると申すか思いもよらぬ事よ。 
シテ「夜庾公が楼にのぼりしも。月に詠ぜし鐘の音なり許さしめ。
ワキ「それは心ある古人の事。狂人として鐘つくべきか。
シテ「今宵の月に鐘つくこと。狂人とてないといたまいそ或る詩に曰く。団団として海嶠を離れ.漸漸として雲衢を出ず。この後句なかりしに。明月に向かい心を澄まし。今宵一輪満てり。清光いずれの所にかなからんというこの句をもうけ。あまりの嬉しさに心乱れ。高楼にのぼり鐘をつく。人人いかにと咎めしにこれは詩狂と答う。かほどの聖人なりしかども。月には乱るる心あり。ましてや拙き.狂女なれば。
地謡「許したまえや人人よ。煩悩の夢をさますや。法の声も静かに。まず初夜の鐘をつく時は。
シテ「諸行無常とひびくなり。
地謡「後夜の鐘をつく時は。
シテ「是生.滅法とひびくなり。
地謡「晨朝のひびきは。
シテ「生滅滅已。
地謡「入相は。
シテ「寂滅。
地謡「為楽とひびきて菩提の道の鐘の声。月も数そいて。百八煩悩の眠りの。驚ろく夢の夜の迷いも。はや尽きたりや後夜の鐘に。われも五障の雲.晴れて。真如の月の影を。眺めおりて.明かさん。

(クリ)
地謡「それ長楽の鐘の声は。花のほかに尽きぬ。また竜池の柳の色は.雨の内に深し。
シテ「そのほかここにも世世の人。言葉の林のかねて聞く。
地謡「名も高砂の尾の上の鐘。暁かけて秋の霜。くもるか月もこもりくの.初瀬も遠し.難波寺。
シテ「名所多き鐘の音。
地謡「尽きぬや法の.声ならん。
(クセ) 
地謡「山寺の春の夕べを来てみれば.入相の鐘に。花や散るらん。げに惜しめども.など夢の春と暮れぬらん。そのほかの暁の。妹背を惜しむきぬぎぬの。怨みをそうる行くえにも.枕の鐘やひびくらん。まった待つ宵の。更けゆく鐘の声聞けば。あかぬ別れを悲しむ。鳥はものかはと詠ぜしも。恋路の便りの.おとずれの声と聞くものを。または老いらくの。寝覚ほどふるいにしえを。今思い寝の夢だにも。涙心の寂しさに。この鐘のつくづくと。思いを尽くす暁を。いつの時にか比べまし。

(上羽)
シテ「月落ち鳥鳴いて。
地謡「霜天に満ちてすさまじく.江村の漁火もほのかに半夜の鐘のひびきは。客の舟にや.通うらん.蓬窓雨しただりて.馴れし汐路の楫枕。浮き寝ぞかわるこの海は。波風も静かにて。秋の夜すがら月澄む。三井寺の鐘ぞ.さやけき。
シテ「かように狂いめぐれども。わが子に似たる人だにもなし。あらわが子恋しや候。
子方「いかに申すべき事の候。
ワキ「なに事にて候ぞ。
子方「これなる物狂の国里を問うてたまわり候え。
ワキ「安き事問うて参らしょうずるにて候。いかにこれなる狂女。おことの国里はいずくの人ぞ。
シテ「これは駿河の国清見が関の者にて候。
子方「なにのう清見が関の者と申し候か。
シテ「あらふしぎや。今の幼声は正しく別れし千満殿にてはなきか。
ワキ「これは筋なき事を申す者かな。
シテ「のうこれは物には狂わぬものを。物に狂うもあの児ゆえなれば。会う時はなにしに狂いさむろうべき。正しくわが子にて候ものを。
ワキヅレ「そこ立ちのき候え。
子方「のうさのみなおん打ち候いそ。
ワキ「や。はや色に出ださせたまいて候。まっすぐにおん名乗り候え。
子方「はなにをか包むべき。これは駿河の国清見が関の者なりしが。人商人の手にわたり。今この寺にありながら。母上われを尋ねたまいて。かように狂い出てたもうとは。夢にもわれは知らぬなり。

シテ「またわらわも物に狂う事。あの児に別れし故なれば。たまたま会い見る嬉しさのまま。やがて母よと名乗ること。わが子の面伏せなれども。子ゆえに迷う親の身は恥も人目も.思われず。
(ロンギ)
地謡「あら痛わしのおん事や。よそ目も時によるものを.会うを喜びたもうべし。
シテ「嬉しながらも衰うる。姿はさすが恥ずかしの.もりて余れる涙かな。
地謡「げに会いがたき親と子の。縁は尽きせぬ契りとて。
シテ「日こそ多きに今宵しも。
地謡「この三井寺にめぐりきて。
シテ「親子に会うも。
地謡「なに故ぞ。この鐘の声立てて。物狂いのあるぞとて.お咎めありし故なれば。常の契りには.別れの鐘といといしに。親子のための契りには。鐘ゆえに会う夜なり。嬉しき鐘の声かな。かくて伴い立ち帰り。かくて伴い立ち帰り。親子の契り尽きせずも。富貴の家となりにけり。げに有難き孝行の。威徳ぞめでたかりける。威徳ぞめでた.かりける。

 

 

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