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西行桜(さいぎょうざくら)

【分類】三番目物(鬘物)

【作者】世阿弥

【主人公】シテ:老桜の精

【あらすじ】仕舞〔クセ〕の部分は上線部、仕舞〔キリ〕の部分は下線部です。)

京都西山にある西行の庵室には、老木の桜が今は盛りと咲いています。西行は、一人心静かに花を楽しもうと、今年は花見禁制にする由を能力〔のうりき〕に伝え、その事を触れさせます。そこへ、ここかしこと花の名所を訪ねて、春の日を送っている下京辺の人々が、西行の庵の桜が盛りと聞いて、やって来ます。西行は煩わしくは思いますが、花を愛する気持ちを汲んで断りかね、柴垣の戸を開けて一行を請じ入れます。しかし浮世を離れて花を眺めたいと思っている西行にとっては、俗の花見客が大勢やって来るのは、やはり迷惑です。そして思わず、「花見んと 群れつつ人の 来るのみぞ あたら桜の 咎にはありける」と口ずさみますが、花見の人達と共に花を愛で仮寝をします。その夜、西行の夢の中に、老木から白髪の老翁が現れて、西行の先刻の歌の心を問いただし、桜は非情無心の草木であるから、浮世の咎はないのだと言います。そして自分は桜の精だと名乗り、歌仙西行に逢えたことを喜び、名所の桜を讃えて舞をまい、春の夜を楽しみますが、やがて夜が明けると、老桜の精は別れを告げて消え失せ、西行の夢も覚めます。あたりは一面に敷き詰めたように落花が散り、人影もありません。

 

【詞章】仕舞〔クセ〕の部分と仕舞〔キリ〕の部分の抜粋です。)

  〔クセ〕

見渡せば。柳桜をこきまぜて。都は春の錦。さんらんたり。千本の桜を植え置きその色を。所の名に見する。千本の花ざかり。雲路や雪に残るらん。毘沙門堂の花ざかり。四王天の栄花も.これにはいかで勝るべき。上なる黒谷下川原。むかし遍昭僧正の。浮世をいといし華頂山。鷲のみ山の花の色。枯れにし鶴の林まで.思い知られてあわれなり。清水寺の地主の花.松吹く風の音羽山。ここはまた嵐山。戸無瀬に落つる。滝つ波までも。花は大井川.井堰に雪や.かかるらん。

また実盛が。錦の直垂を着ること.私ならぬ望みなり。実盛。都を出でし時.宗盛公に申すよう。古郷へは錦を着て。帰るといえる本文あり。実盛生国は。越前の者にて候いしが。近年。ご領につけられて。武蔵の長井に。居住つかまつり候いき。この度北国に。まかり下だりて候わば。定めて。討死つかまつるべし。老後の思い出これに過ぎじ。ご免あれと望みしかば。赤地の錦の.直垂をくだしたまわりぬ。しかれば古歌にももみじ葉を。分けつつ行けば錦着て。家に帰ると。人や見るらんと詠みしも。この本文の心なり。さればいにしえの。朱買臣は。錦の袂を。会稽山にひるがえし。今の実盛は名を北国の巷にあげ。隠れなかりし弓取りの。名は末代に有明の。月の夜すがら.懺悔物語.申さん。

  〔キリ〕

春の夜の。花の影より。明けそめ.鐘をも待たぬ別れこそあれ。別れこそあれ別れこそあれ。待てしばし待てしばし.夜はまだ深きぞ。しらむは花の影なりけり。よそはまだ小倉の。山陰に残る夜桜の。花の枕の。夢は覚めにけり。夢は覚めにけり.嵐も雪も散り敷くや。花を踏んでは同じく惜しむ少年の。春の夜は明けにけりや翁さびて跡もなし.翁さびて.跡もなし。

 

 

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